屯田窯の陶芸家「清水裕幸」公式ブログ

北海道最大の登り窯「屯田窯」の日々と作品を紹介するブログ

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新十津川陶土研究会結成 その1

20 11月, 2016 (22:43) | 屯田窯の日常 | By: hiroyuki

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これは新十津川にある陶土です。

以前に取り上げたことがあったかどうか忘れましたが、実はこの新十津川に明治、大正時代に製陶所が

あり、焼き物が焼かれていたのです。

新十津川文化伝習館に数点展示してあります。

なぜこの地に窯を作ったのかは定かではありませんが、時代からして北海道でも草分け的な存在といっ

ても過言ではないと思います。

それを知り、私としては何か歴史的なロマンを感じざるを得ません。

しかも、文献を見るとなんとこの新十津川産の土を一部使用していたと知り、いてもたってもいられな

くなり、その場所を特定すべく所在を調査しました。

随分、昔のことでので付近のおじいちゃんおばあちゃんに聞きまわりましたが、皆さん知らないとのこ

とで半分諦めてきたところ、あそこの一軒を訪ねてわからなければ諦めるしかないと思いつつ尋ねたと

ころ、なんとその場所だったのです。

しかし、喜びもつかの間当時土を採取していた場所は埋め立ててしまったと聞かされがっかり。

ところが、おじいちゃん曰く「でもうちの田んぼに同じ真っ白い土あるぞ」の言葉か目を輝かせ行って

掘ってみると確かに白い土が出現。

興奮しながらバケツにいくつか採取してきたのが五年ほど前かと思います。

まずそのままの土で焼いてみたところ、耐火度は確かにあり陶土として十分使えることが判明しまし

た。

ただ、きめが細かく、収縮が大きいため乾燥で割れが入ってしまいます。

もちろん、それは調整しなければならない課題ですが、当時なぜそのまま放置してしまうこととなった

かといいますと、その土を活かす方法が見いだせなかったからです。

鉄分があるなら粉引きなどの手法を施しますが、白い土だけに鉄分はそれほど入っていないのですが、

かといって真っ白く焼けるわけでもなく、おおどいろのような色に焼き上がり、これをどうすれば特徴

を引き出していけるのか見いだせなかったのです。

それで、粉引きに適した他の道内産の土を主に用いることとなっていました。

しかし、改めてこの土の活路を見いだせないかだんだん考えるようになり、何かそれが私の使命である

かのようにも感じるようになり、改めて今回またお願いして採取させてもらった次第です。

ただ今回の採取はすんなりといかず、今回も半分諦めかけたことがありました。

長くなりましたのでそれはパート2で取り上げますね。

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